成長相転換(花成)の制御〜その1

1.1 植物の生活環と花成

花成と呼ばれる現象は、栄養成長から生殖成長への成長相(発生プログラム)の切り換えを指す。花成は、植物の繁殖戦略とそれに関連した資源配分戦略という観点から、植物にとって生活環上の最も重要な決定である。ことに一年生草本植物のような一回繁殖性(monocarpic)の植物の場合、花成は生活環を通してただ一回のものであり、有性生殖による繁殖成功のすべてがその一回にかかっている。花成はまた、生存戦略という観点からも大きな重要性をもつ。固着生活を営み、移動性に乏しい植物にとって、種子という高い移動性と休眠状態下で強い環境耐性を備えた形態に変わることは、緑陰、貧栄養、乾燥、過密といった生育に不適な環境から時間的・空間的に逃れることを可能にするからである。

花成についての紹介は、和文総説 を参照されたい。アエラムック『植物学がわかる』(朝日新聞社。2001年7月刊行)の中では、その時点までの研究の進展も視野に入れつつ平易な解説を試みている(同書 p. 22-25)。

1.2 花成の制御要因

花成はさまざまな内的・外的要因によって制御されるが、外的環境要因のうちで、光周期(一日のうちの昼夜の長さ)は特に重要な要因であることが知られている。植物は、花成を促進する光周期条件(日長条件)により、短日植物と長日植物とに分けられるが、花成が光周期にほとんど影響されない中性植物も知られている。多くの植物はこの3つの光周性反応タイプのいずれかに分類される。光周期とならぶもうひとつの重要な外的環境要因は温度である(図1)。

秋に発芽して幼植物で越冬したのち、翌春〜夏に好適な光周期条件に反応して花成する植物では、幼植物が冬の低温を経験することが光周期条件による花成促進に必須である。この低温被曝に対する要求性を春化要求性という。春化要求性の植物では、春化処理(吸水種子・幼植物を数℃の低温に数週間曝すこと)により花成が促進されるが、春化処理をしない場合には好適な光周期条件におかれても花成は著しく遅延する。春化は、花成に対する抑制を緩和・解除することで、光周期による速やかな花成誘導を可能にすると考えられる。

図1

図1 一年生草本植物(シロイヌナズナ)の生活環における花成

発芽後、幼植物は2枚の子葉の間にある茎頂分裂組織(枠内。赤く塗った部分が器官原基が形成される領域)でおこなわれる器官形成により地上部の全構造を形成する(後胚発生)。茎頂分裂組織は、まず栄養成長相と呼ばれる成長相に入る。この間に形成される器官原基はもっぱら葉原基であり、植物は葉を増やし続ける(右上の円内)。

栄養成長を続けた後、花成 (floral transition)とよばれる成長相の転換を経て、生殖成長相に移行する。生殖成長の過程で、茎頂分裂組織は葉原基に代わり花芽原基を形成する。花成は、植物個体の"齢"などの内的な要因と外的な環境要因によって制御される。

環境要因のうち、温度と光周期(日長)は最も重要なものである。温度については、多くの植物で、冬に経験する長期間の低温被曝の効果が重要であり、春化 (vernalization)とよばれる。

1.3 花成を制御する遺伝学的経路

花成に関与する遺伝子の制御カスケードについての理解は、近年、長日植物のシロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)(図2)を用いた研究により飛躍的に深まりつつある。主として突然変異体の表現型とそれらの突然変異間の遺伝学的な相互作用にもとづいて構築されたモデルが、理解の鍵となる遺伝子が次々とクローン化されることで、分子遺伝学的に検証できるようになってきた。その結果、部分的に機能の重複する4つの制御経路が、花成を促進しているという図式が浮かび上がってきた(図3)。それらのうちで、光周期依存促進経路は、赤色光受容体(フィトクローム)・青色光受容体(クリプトクローム)から体内時計を経て、転写因子遺伝子であるCONSTANS (CO)の転写制御に到る経路である。一方、自律促進系路と春化依存促進系路は、重要な花成抑制遺伝子であるFLOWERING LOCUS C (FLC)遺伝子を介して合流し、この二つの系路の遺伝子の主要な役割は、FLC遺伝子の転写を抑制することにあると考えられている。

図2

左:1998年2月22日(抽台前)
右:2000年4月6日(開花・結実中) Pentax LX + SMC 16 mm Fish-eye lens.

図2 自然状態で生育するシロイヌナズナ(京都大学構内)

京都大学構内に生育するシロイヌナズナは秋に発芽し、幼植物で越冬した後、3月の初旬には開花をはじめる。花期は5月までおよぶ。

野外集団のシロイヌナズナが春化要求性を持つのに対し、実験室系統(Columbia, Landsberg erecta, Wassilewskija, Nossen 等)は春化要求性を失っており、長期間の低温(冬に相当する)を経験しなくても長日条件に反応して速やかに花成する。

図3

図3 シロイヌナズナの花成を制御する主要な経路

花成時期に影響を与える突然変異体の生理学的な解析と突然変異間の遺伝学的な相互作用に基づいて、この図に示す4つの経路が、花成を制御する "遺伝学的に独立の経路" として提唱されている。

まず、光周期依存促進経路(Photoperiod-dependent promotion pathway)は、長日条件による花成の促進に関わる経路で、この経路に位置づけられる遺伝子(CO, GI, FHA等)の機能喪失変異では、光周期に対する応答性が失われる。

自律的促進系路(Autonomous promotion pathway)と 春化依存促進系路(Vernalization-dependent promotion pathway) は、共通の作用点であるFLC遺伝子の転写抑制において収斂する。この2つの経路は、その働きに関して冗長であると考えられる。自律促進経路に位置づけられる遺伝子(FCA, FVE, FPA, LD等)の機能喪失変異においては、光周期に対する応答性は失われない。一方で、これらの変異では、実験室で用いられる野生型系統(Columbia, Landsberg erecta, Wassilewskija, Nossen)や光周期依存促進経路の機能喪失変異には見られない春化要求性が "見かけ上"獲得されており、春化処理により花成遅延の程度が大幅に緩和する(追加説明へ)。

ジベレリン(GA)依存促進経路(gibberellin-dependent promotion pathway)はジベレリンの合成系・情報伝達系に関わる遺伝子群によって構成される経路である。

自律促進経路と春化依存促進経路の関係に見られるように、これら4つの経路は冗長であり、どれかひとつの経路の機能が失われても、花成が完全に阻害されることはない。単一の遺伝子により花成が完全に阻害された突然変異体がこれまでに得られなかった理由は、制御経路のもつ冗長性にある。

4つの経路からのシグナルが統合され、最終的に花成を引き起こす。

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