Vladimir Nabokov と蝶(1)

 Vladimir Nabokov は、シジミチョウ科のヒメシジミ亜科の形態と分類を研究し、以下の三報の論文をまとめている。

 V. Nabokov (1944) Notes on the morphology of the genus Lycaeides (Lycaenidae, Lepidoptera). Psyche 51, 104-138.

 V. Nabokov (1945) Notes on neotropical Plebejinae (Lycaenidae, Lepidoptera). Psyche 52, 1-61.

 V. Nabokov (1949) The Nearctic members of Lycaeides Huebner (Lycaenidae, Lepidoptera). Bull. Mus. Comp. Zool. (Harvard) 101, 479-541, pl. 1-9.

 分類にあたって外部生殖器の形態の重視を徹底した点は、かなり時代に先んじたものであったと、Nabokov 自身は考えていたようであり、最近の研究者からもそのように評価されている。ことに、Kurt Johnson のような、南米大陸のヒメシジミ亜科を研究対象とする若い研究者たちは、Nabokov の分類を革新的なものとして再評価しているようだ(以下の本のテーマ)。

 Kurt Johnson and Steven Coates (1999) Nabokov's Blues: The Scientific Odyssey of a Literary Genius, Zoland Books Inc. 372 pp.
 (Nature 409, 664-665.に書評)

 Vladimir 本人をはじめ、Nabokov 家の人たち、小説の登場人物、そして、小説中の架空の国名・地名などにちなんで、Kurt Johnson らによって名付けられた小さなシジミチョウが、南米大陸には幾種類も存在する。それらは、アンデスの山岳地帯に、さながら小さな王国を築いているかのようだ。そのことを知ったら、泉下の Vladimir Nabokov はどのように思うだろうか?

 そうした Nabokov の蝶の研究の再評価(上記の書籍はその一例)もあって、ここ十年あまり Nabokov と蝶の関わりに対する関心が高まっているようで、Nabokov が蝶について書いた論文やエッセイ、小説の中で蝶に言及している部分の抜粋、未完成に終わった欧州蝶類図譜の草稿のような未発表原稿までも収録した大部の書籍も出ている。

Vladimir Vladimirovich Nabokov, Brian Boyd, Robert Michael Pyle, and Dmitri Nabokov (2000) Nabokov's Butterflies: Unpublished and Uncollected Writings, Beacon Press. 800 pp.
 (Nature 406, 827–828. に書評。同記事の827頁左下の写真に、Cyllopsis pyracmon nabokovi とあるのは誤り)

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