私たちの研究によって明らかになったこと

進学を考えている高校生の皆さん、植物に興味をお持ちの一般の皆さま、私たち農学部 資源生物科学科 植物生理学分野(生命科学研究科 統合生命科学専攻 分子代謝制御学分野)の研究成果を簡単に紹介いたします。


 植物が決まった季節・時期に花を咲かせることは皆さんご存知だと思います。これは、花を咲かせるのに先立ち、花のもとである花芽(かが、はなめ)をつくり始める時期が決まっているためです。20世紀はじめにおこなわれた研究によって、植物は日の長さ(日長)を手がかりにして季節の進行を読み取って、花芽をつくり始める時期を決めていることがわかりました。植物は、葉で明暗を感じるとともに、細胞の中にある時間を計る仕組み(生物時計、体内時計)を使って日の長さ(夜の長さ)を計ります。そして、適当な日長であることを感じると、葉で「花芽づくりを開始させる物質」をつくり始めると考えられてきました。この「花芽づくりを開始させる物質」は、維管束(葉脈)の中の篩管をとおって、葉から茎の先端にある茎頂(けいちょう)に運ばれて、花芽づくりを開始させる物質で、花成ホルモン(フロリゲン)と名付けられました。1930年代末のことです。高校で生物を学んだ皆さんはこの名前を聞いたことがあるかもしれません。その後、約70年にわたり、多くの生物学者が、花成ホルモン(フロリゲン)の正体を解き明かそうと努力してきましたが、その謎は解けず、花成ホルモン(フロリゲン)の存在を疑う研究者も増えてきました。


 私たちの研究室では、これまで、シロイヌナズナというアブラナ科の植物を使って、花成ホルモン(フロリゲン)の謎解きに挑んできました。まず、1999年に FLOWERING LOCUS T (FT) という遺伝子を発見し、この遺伝子のはたらきが、日長に応答しておこる花芽づくりの開始に重要であることを明らかにしました。イネでも同じ遺伝子(Heading date 3a (Hd3a) と呼ばれています)が、日長に応答しておこる花芽づくりの開始に重要であることがわかりました。現在では、多くの植物でFT遺伝子が花芽づくりの開始に関わることがわかっています。その後、私たちは、FT遺伝子 がどのようにして花芽づくりを開始させるのかを研究する中で、FT遺伝子 のはたらきでつくられる FTタンパク質花成ホルモン(フロリゲン)の正体ではないかと考えるようになりました。同じ頃、ドイツの研究グループもよく似た結論にたどり着きました。そこで、二つの研究グループは、FTタンパク質が花成ホルモン(フロリゲン)であるという説を発表しました。2005年のことです。そして、2007年〜2008年にかけて、日本、ドイツ、イギリス、アメリカの研究グループが、FTタンパク質が葉から茎頂に輸送されることを示す実験結果を、シロイヌナズナやイネ(奈良先端科学技術大学院大学の島本 功 教授の研究室の研究)、カボチャなどであいついで得ました。これによって、約70年にわたって謎だった花成ホルモン(フロリゲン)の正体がようやく明らかになったのです(下の図)。
 

フロリゲン


 でも、まだ謎はたくさん残っています。たとえば、葉でつくられたFTタンパク質(フロリゲン)が茎頂まで運ばれる仕組みはまだ良くわかっていません。そもそも、なぜ葉でFTタンパク質(フロリゲン)をつくるのでしょうか? 茎頂で日長を感じて、茎頂でFTタンパク質(フロリゲン)をつくる方がずっと簡単なように思えます。また、茎頂にたどり着いたFTタンパク質(フロリゲン)はどのようにして花芽づくりを始めるのでしょうか? 答えの一部は私たちの研究によってわかりましたが、まだすべてがわかったわけではありません。こうしたさらなる謎を解くために私たちは研究を続けているのです。


 興味を持たれた皆さんは、ぜひ、私たちの研究室の第二代の教授であった 瀧本 敦 先生が書かれた、『花を咲かせるものはなにか 花成ホルモンを求めて』(1998年)を読んでみて下さい。この本には、花成ホルモン(フロリゲン)の謎解きに挑んだ人たちの意気込みや奮闘がいきいきと描かれています。残念ながら、上に紹介した謎解きの完成はこの本が書かれてから後のことなので、この本には出てきません。日本植物生理学会が2008年に出した『花はなぜ咲くの?』(植物まるかじり叢書3)には、新進気鋭のサイエンスライター西村尚子さんが最近の研究を平易な言葉で紹介しています。こちらも読んで下さい。

瀧本敦 瀧本敦 荒木崇

瀧本 敦先生が一般向けに書かれた2冊の著書(中公新書)と日本植物生理学会の本